B:皇帝の薔薇 エンペラーローズ
標的の名は「エンペラーズローズ」……属州ダルマスカから、時の皇帝ソル・ゾス・ガルヴァスに献上された大型モルボル種だ。ガレマルドの帝立植物園の温室で飼育されていたらしい。
これが数年前に脱走したようなんだが、寒冷なエブラーナ氷原で死滅すると思われていたものの、予想に反して、厳しい環境に適応し繁殖したそうでな。高温多湿なジャングルで生まれた品種が、いかに寒冷地の気候に適応していったのか……。
その謎を研究したいというさる教授が標本を求めているのさ。
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ショートショートエオルゼア冒険譚
シャーレアン大学の教授を名乗るその男は鞄から髪を一枚とりだすとテーブルの上に置くとあたし達の前に差し出した。
数日前、ある植物の研究の為その標本が欲しいという男がクラン・セントリオを訪ねてきたそうだ。クラン・セントリオの依頼受付担当者は話を聞くうちにあたし達にうってつけの話だと思ったんだという。
担当者が何故うってつけだと思ったのかは釈然としないが、とにかく話を聞いてやって欲しいといわれ指定されたのがこのレストランバーだった。
店内は薄暗く、店員は愛想が悪い。注文した食事が出てくるのもすこぶる遅かった。あたしはそういう事はあんまり気にしない質だが、相方はすっかり不機嫌になっていた。少し遅れてきた初老の男性は肩まで長く伸びた白い髪を後ろで一つにまとめ、縁の細い眼鏡をかけ、三つ揃えのスーツに黒いロングコートという出で立ちで、清潔感はあるが学者というよりはマッドサイエンティストっぽい見るからに怪しい雰囲気だった。
テーブルを挟んで向こう側に座った男が差し出した紙を覗き込むとそこにはターゲットと思しき魔物のイラストが書かれていた。巻貝のように上部が尖った雫型の体に沢山の牙を備えた大きな口が幾つもついている。体の下部には短い触手のようなものが無数に書かれていて、そのうち何本かがイカかタコの足のようにニョロっと長かった。
「こいつは一体なに?」
イラストを覗き込んで機嫌の悪い相方がぶっきら棒に聞く。
「こいつはイルサバード大陸の南部原産の植物でね。モルボルの亜種だと推測されている」
「モルボルなの?こいつ」
モルボルといえば楕円形をした巨大な口のついたの本体をいくつもの太い触手で支えて動き回る肉食の植物で、その見た目通り粘着質なヨダレは垂らすわ、目が染みて痛くなるほど何とも言えない悪臭の毒息を吐くわと良いところを上げるのに半日くらい考えないと上げられない程の魔物で、出来る事ならお近づきになりたくないランキングの中でもかなりの人がトップに挙げるような魔物だ。
「そうだ。こいつはガレマールの皇帝に宛てて属州であるダルマスカから贈られたエンペラーローズというモルボルの一種だ。攻撃行動パターンも分かっていて概ねモルボルと変わらない。違うのは長い触手でも攻撃してくるといったところかな」
男が淡々と説明する。
「これ、ダルマスカは皇帝への嫌味で贈ったんじゃないの?」
相方があくどい顔で男に言った。
「考えもしなかったが、その可能性はあるな。そもそも美しいものではないし、飼育するにもエサ代ばかりがかかる」
男は素直に肯定した。
「で、なんでまたコイツの標本が必要なの?」
こんなもの贈られるのも嫌だが、それを欲しがるのも理解できなくてあたしは聞いた。男は頷きながら答えた。
「南方原産のこいつはガレマール帝立植物園の温室で飼育されていたんだが数年前、職員を食い散らかして温室の壁を破壊して逃げ出したんだ」
あたしは眉を寄せて口を挟んだ。
「ちょっと待って。南国原産の植物が極寒のガレマルドに逃げ出したんならもう死んでるんじゃない?」
男はそう、というように右手の人差し指を立てた手を差し出してあたしを見た。
「その通り。我が身可愛い植物園の職員もそう考えて敢えて放置したんだが、驚くなかれ予想に反して、厳しい環境に適応し繁殖までし始めたんだ。高温多湿なジャングルで生まれた品種が、いかに寒冷地の気候に適応していったのか……。実に興味深い。生物の進化を解き明かす鍵が隠されているのかもしれんのだ。是非とも詳しく調査したい」
ずっと冷静に話していた男は抑えきれなくなったのか鋼板は興奮気味に言った。
腕組みして険しい顔で聞いていた相方が口を開いた。
「ガレマルドまで行けって言うなら防寒具代は前払いで別途もらえるよね?」
あたしは相方の強かさに改めて感心した。